「午後になって債券、買われてますけど、何でですかね」
電話口の向こうから、株安でしょうね、といった、自分と大した年の差はない、二十代から三十代と思しき証券会社のディーラーの、気の無い声が返ってくる。
もう、そこで話は続かない。「株は何で売られてるんですかね。現物の方は投資家の買いは入っていますか」と絞り出すように声を出す。沈黙。ちょっと今、いそがしいので。何の情報も得られず、たった五行の市況記事が出せないまま、時間だけが過ぎていく。
1996年かそのあたり、社会人成りたての頃。消え入るような唸り声と、電話を一方的に切られた時の淋しさ。あんな声で電話がかかってきたら、自分も切るわ、と今となっては思う。
先が全く見通せない時期。朝の寄り付き後の市況記事は通常、二十行程度。「日本国債は株安のため、上昇した」この一行を編集用端末に打ち込むと、もう書くことがない。仕事が終わると、駅前のゲームセンターに行き、発散できない物を抱えたまま、アパートに帰る毎日。
二年目になり、気の合うディーラーと食事に行くように。三年目には外国為替市場を担当することになった。近隣窮乏化政策や各国の通貨政策について書く機会も得た。一方、債券に対する苦手意識が払拭されることはなかった。
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