
題名と著者名を見た瞬間、内容は素晴らしくても自分には合わず、感情移入できない類の本なのだろうな、という印象を抱いた。たとえばカズオ・イシグロの『日の名残り』のように、高い評価を受け、話題性は十分だが、自分には全く縁のない書物。
本屋に行き、実物を見る。表紙から飛び出出てくるような、カラフルで鮮やかな蛍光グリーンが目に焼き付く。先鋭的で、手に取ると身を切られてしまいそうな佇まい。
これは一体何の本なのだろう。著者は二十台後半。実はエスエフ小説で、『みどりいせき』は異星人が作った遺跡か何かを指すのだろうか?とたんに本の内容に興味を覚える。
少年野球の、バッテリーと四番打者の対決、という出だしにも意表を突かれる。目に涙を滲ませながら、力いっぱい直球を投げ込みたい本格派投手のハル。コーチの指示に従い、コントロール重視の投球をさせるために彼女をなだめようともがく、キャッチャーの桃瀬。振りかぶって投げ込まれた速球を四番打者がキャッチャーフライ。ボールを見失った桃瀬の脳天を直撃し、彼の体は後方に宙を舞う。
時は過ぎ、東京の高校で無気力な毎日を過ごす桃瀬。野球好きの父親が亡くなった後も中学で野球を続けようとしたものの、勝利至上主義のチームの雰囲気になじめず、退部。高校でも居場所がない。そんな怠惰なある日、教室でハルとバッタリ久しぶりの再会。ハルが重鎮を務める、食用大麻等の違法カンナビスを売り捌くグループの、活動に巻き込まれていく。この高校生主体の集団の活動拠点が、新宿や渋谷といった繁華街ではなく、住宅街の多い吉祥寺や府中市のあたり、というのは衝撃的。彼らは菓子類の箱の中にカンナビスを詰め、吉祥寺の井の頭公園等で売り歩く。拠点用に賃貸した住宅で大麻を食べたり、吸ったりしながら映画を見て、ビデオゲームを楽しみ、ハイになりながら過ごす。グループの結束は固く、ある意味楽しい日々。その平穏は、競合する集団からの襲撃を受け、突然に打ち破られる。
それにしても自己中心的で、格好悪い主人公である。著者がもし、自分自身を桃瀬に投影しているのであれば、ここまであからさまに描いているその覚悟に感服する。父親が亡くなった時に感じた死への恐怖を、傷つくことへの恐れ、いずれ皆死ぬから何をしても無駄、というニヒリズムに昇華させてしまった桃瀬。他人を見下すことで自己正当化を図ろうとするその姿勢に対し、ハルは怒りといら立ちを覚え、面罵する。
実は異星人の話も登場する、この本の魅力の一つは、若者同士のコミュニケーション。マーベル映画に登場するセリフを真似、腕を胸の前でクロスさせて挨拶するのは楽しそう。「おけ諸々」と自分も一度メールを打ってみたい気もする。総スカンを食らうだろうが。
ハルをはじめ、仲間は皆、主人公になぜか優しい。こんな自分勝手な人間、見捨てたらいいのに、という場面でも、誰かが必ず救いの手を差し伸べてくれる。なぜそこまで彼を守る?もう一つのミステリーは、決断力があり意志が強く、頭も切れそうなハルがなぜこんなことに手を染めるようになったのか。その詳しい背景は最後まで不明。
東京の住宅街で、一見普通の高校生達が違法な、大麻取引に精を出す、というショッキングなストーリー展開に、これは東京における犯罪の若年化や大麻使用の広がりへの警鐘か、と思いながら読み進めた。そういった時事性はこの本の特長の一つだが、その根底に流れるテーマは、怖れることから逃げずに立ち向かうことの大変さ、自分に対し正直に生きることの大切さ、そして人と繋がりを持つことのありがたみ、であるように感じられた。
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