
先日、日本橋の丸善で金融・経済関連で面白い本はないかな、と思いながら何気なく手に取ってみたのがこの本だった。カバーには鳥かごの中にいるカナリヤの写真があり、書名は”Signals”とくれば、危機の到来を一刻も早く察知するための方法論がテーマだろう、と察しはつく。
案の定、著者は「世界金融危機、ブレグジット、トランプを予見した」と本の裏表紙にはうたわれている。専門家の想像を超える、予想外の事象の兆候を早めに察知し、それから身を守るための術を本書は授けてくれるらしい。
著者のDr Pippa Malmgrenの事はこの本を手に取るまで知らなかったが、本書によると、アメリカの大統領顧問を務めた経験を持ち、ロボットを製造する会社の創業に関わり、アメリカの旧バンカーズトラスト銀行でチーフ通貨ストラテジストとして活躍した、等の経歴を持つそうだ。バンカーズトラスト銀行の元チーフ通貨ストラテジストという渋い経歴に興味を惹かれ、ひとまず前書きを読んでみた。
本書は2015年に出た初版の改訂版にあたり、2017年に出版された。その改訂版の前書きによると、著者は、2008年の世界金融危機、中国経済の減速、その後の米国経済の回復、ブレグジット、トランプの台頭、インフレの復活、欧州における反EU気運の盛り上がり等、世のエコノミストや専門家が全く予想できなかった出来事をすべて予測していた、という。

その差はどこから来るのか。エコノミストは数字やデータしか信頼しないきらいがあるが、データは過去についての数字なので、そればかり見ていては将来の予測を見誤る、というのが著者の考え。むしろ、世間で耳にする小話や、日常生活の中で遭遇するちょっとしたエピソードなどの中に将来起きる事を示唆するヒントが隠されていたりするので、そのような兆候をしっかり察知するために視野を広げ、感受性を高めよう、と大体そのような主張らしい。
その一例として本文中に登場するのはファッション雑誌Vogueイギリス版の2009年6月号の表紙に、スーパーモデルで三児の母でもある女性のヌード写真が掲載された事例。ファッション雑誌なのに、表紙に一切衣服が登場しなかった事に著者は違和感を抱いたらしい。ではその表紙が発していたシグナルは何か。
著者の解釈によると、この表紙の件は、2008年の金融危機の後ファッション業界が若い女性という従来のコア消費者層を失ってしまい、新たなターゲット層が誰なのか、まだ暗中模索している段階であることを示していた。それまでは、若い消費者の手元には本人が申し込んでもいないのに、クレジットカード会社の方からどんどんクレジットカードが送り付けられてきて、そのカードを使えばすぐに後払いで買い物ができるような環境にあった。だが、金融危機とそれに伴う信用収縮の結果、そのような慣習は影を潜め、ファッション業界は若い消費者をあてにできなくなった。
そうなると、足元で収入とお金を持っているあらゆる年齢層にアピールする必要があり、コアな購買者層を絞り切れない。衣服をまとわない裸のスーパーモデルの表紙は、そのような不透明感や迷いを表していたように[1]著者の目には映ったという。なかなか思いつかないような、ユニークな発想と着眼点ではないだろうか。
その他に、本書の序盤で特に印象に残ったのは、スコットランドがイングランドに1707年に統合された経緯について説明した箇所[2]だ。17世紀末頃、スコットランドはイギリスの東インド会社の成功をうらやむようになり、スコットランド会社(Company of Scotland)を設立し、現在のパナマの一部に植民地を設立しようと試みたものの、入植者は疫病などに倒れ、事業は失敗に終わった。その結果、本書によるとスコットランドは国の貯蓄の約1/3を失い、イングランドの救済を仰ぎ、その代償としてスコットランドは国家の独立を失った、とのことだ。そんな歴史[3]があったとは。
さて、自分の周りにも何か将来の経済事象のヒントになりそうなシグナルはないものかと探していたら、家庭菜園で植えていたキュウリが最近の猛暑続きのせいで枯れてしまった、という話を小耳に挟んだ。キュウリの適温は摂氏25度から30程度らしく、猛暑のせいか、スーパーでもキュウリの値段は上がっているそうだ。
これは、気候変動は物価高要因でインフレはまだ続く、というシグナルなのだろうか。
ということで、他にどのようなエピソードが紹介されているのか、楽しみにしながら本書の残りを読み進めていきたい。
[1] 後日談として、著者は2012年にイギリス版Vogue誌の関係者とこの表紙の話をしたそうだが、Vogue誌側では特に著者が感じ取ったような意味合いをその表紙に込めたつもりはなかったようだった、とのことだ。本書、2ページ。
[2] 本書、16~17ページ。
[3] スコットランドが2014年9月に独立の是非を問う住民投票を実施たが、それに先立ちBBCが2014年に配信した記事の中でも、この歴史的な経緯が記されている。https://www.bbc.com/news/magazine-27405350
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