【学習】『本の読み方』平野啓一郎 株式会社PHP研究所 東京 2019年 (2006年刊行本に加筆・修正)245ページ。

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 ちょうどHow to Read a Bookを読み進めながら、内容をすこしずつ紹介している際中に見かけたのがこの本『本の読み方』である。著者の平野啓一郎の『自分とは何か』を昨年あたりに読み、いたく感銘を受けた事もあり、それ以降、彼の著作に注目するようになった。How to Read a Bookと比較するためにも、本書を読んでみたい、と思うようになった。

 著者が勧めるのは速読ではなく、「スロー・リーディング」である。本を熟読、精読する事に努め、情報収集のための乱読的な速読を理想として持ち上げるのはやめよう、という話。

 これもまた『自分とは何か』を読んだ時と同様に、自分にとってはカルチャーショックだった。ただ、本書の前にHow to Read a Book を既に読んでおり、読む本の内容に合わせて読むスピードは変えよう、難しい本はじっくり時間をかけて精読しよう、という考え方に触れていたため、天地がひっくり返るというよりは、ああ、この著者の考え方もそれに通じるものがあるなあ、という風に感じた。

 自分はこれまで速読&多読にあこがれていて、二年程前に英文用の速読講座をオンラインで受講した経験もある。そこで学んだ、概ね日本語の文章にも応用できそうなテクニックを説明すると、まず文章に沿って目を一定のスピードで動かしていく事を心がける。頭の中で声を出して読む事は避ける。なるべく数個位の単語をまとめて目で補足して、理解するように努める。本の両端は目と視界の端っこで見るようにして、目は本の中心部、ページの幅全体のうち三分の二ぐらいの部分をいったりきたりさせるような感覚で動かす。目を動かすスピードを一定に保ち、前の文章に視線がもどらないようにするため、左手の指を文章に沿って動かし、視線は指の動きに合わせて動かしていく。(「左手の指」となっている理由は、左手の方が右脳を活性化できるからいい、ないしは利き腕じゃない方の手を使うとより脳が活性化できるのでいい、といった話だったと思う。文章は一度読んで理解するようにして、分からないからといって前の部分に視線を戻さないようにする。)

 さて、こういったテクニックで読むスピードは上がるのだろうか?講座の進行に合わせて一月ほど試してみたところ、一定の効果はあったように感じた。10パーセントか30パーセントぐらいは速くなったかもしれない。ただ、読むスピードが2,3倍には自分の場合はならなかった。また、本を読んでいるとどうしても知らない単語や一度目を通しただけでは理解しにくい箇所が出てくるが、そこを強引に一度読んだだけで突っ切ろうとしても、結局内容は分からないし、単語数個をひとまとめで読み取ろうとするのも、自分はバーコードリーダーではないし、そう簡単ではなかった。まあ、それでも部分的には活用できそうな技術に触れられたし、頭の中で声に出さずに読む事になれると、読解力を犠牲にせずに読書のスピードが上がる気はしたので、良い経験だったと思う。他にも、色んな情報を少しでも早く吸収して、自分の中で定着させてアウトプットに活用したい、という欲求を満たしてくれる速読手法があれば、どしどし取り入れていきたいとは思う。

 さて、そうは言っても現実的には自分も試してみて実感したように、圧倒的なスピードの速読スキルを身に着けるのはそうたやすい事ではない。それ以前に、そもそも速読し多読する事がそんなに良い事なのか、と問題提起した上で、その通念を見直すことを提唱しているのが、本書『本の読み方』である。

 著者は「速読コンプレックス」からの脱却を唱えている。速読や多読する事に気が取られていると、つい速く読めそうな短い本ばかりに手が伸びてしまう、と指摘している。これは全く同感で、自分も週に一冊は本を読了するようにしよう、というような目標を立てた上で、それを達成するために新書や200ページ前後の単行本を選んだりする事がよくある。しかし、そのような読書の仕方だと、知識を吸収するためだけに分かりやすい本だけを選択しがちで、じっくり時間をかけて難しい内容の本を読もうという気にはなかなかならない。

 著者は速読や多読を行うと本の内容の理解が中途半端に終わったり、間違ったりする事も多くなり、そこで得たものは定着した使える知識とはならず、ただの「脂肪」に終わるリスクが高い、と警鐘をならす。

 大事なことは、一か所でもいいから、あの本のあの部分に感動した、と他人に伝えたくなるぐらいに印象に残る箇所を本の中から見つける事だという。それが見つかるように、しっかり腰を落ち着けて読書をすべきだ、と著者は説く。

それ以外にも、本を書き手になったつもりで精読し、書き手が文章や表現や情景描写等に込めた意図を読み取ることを勧めたり、他人の発言を「スロー・リーディング」してしっかり相手が主張したい内容を理解した上で、それを要約しつつ、その考えに敬意を表してから、でも自分はこのような理由で違う考え方を持っています、というような手順を踏んで反論すると有効だ、と指摘したり、他人とのコミュニケーションの準備として「スロー・リーディング」する事の意義を説いたり、文章をうまく書けるようになりたいなら、助詞と助動詞の使い方に注意する事など、本書の内容は盛りだくさんだ。読む時の理解を助けるための工夫として、単語を印で囲むなどビジュアル面でアクセントをつける事の有用性も指摘している。

 示唆に富む内容が満載で、読んでいて大変興味深い本だった。本書の続編として『小説の読み方』も出ているので、いずれそちらも読んでみようと思う。

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