【書評プレビュー】The Power of Full Engagement: Managing Energy, Not Time, Is the Key to High Performance and Personal Renewal, Jim Loher and Tony Schwartz, Free Press, New York, 2003, 245 pages.

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 仕事でも私生活でも、目の前の事に集中して取り組める時間や回数を一日の中でなるべく増やしていきたいと思う。時間の感覚がなくなるぐらい、目の前の事に集中して夢中になっている、いわゆる「フロー」の境地に到達する機会を増やせると、充足感が得られるし、仕事などさまざまな営みがはかどり、いろんな場面で素晴らしい成果を上げやすくなるのではないだろうか。

 ただ、実際は日々の仕事の中で白熱したミーティングの後や神経を使う仕事に取り組んだ後には、ガス欠気味になる時もあるし、常に目の前の事に集中しながらタスクをバリバリこなしていく、というのはなかなか難しい事だとは思う。そこをもう少しなんとか改善できないか、と思い読み始めたのが本書、The Power of Full Engagement である。

 共著者のジム・レーヤーはパフォーマンス心理学者として、これまで世界一のスポーツ選手17人を顧客として持つなど、個人が高いパフォーマンスを発揮できるようにするためのエネルギー管理トレーニングの実践で多くの成果を上げてきた人物だ。[1]

もう一人の共著者、トニー・シュワーツはThe Energy Projectという、個人や組織が自身のエネルギーをうまく管理できるようになるためのコンサルティングを行う会社の創立者で、現在CEOを務める。もともとは記者で、本書以外にもいくつか著作があり、1980年代後半に出版されたドナルド・トランプの自伝的作品、TrumpThe Art of the Deal  の共著者を務めた経験もあるとのこと。[2]

 序盤の47ページまで読んだ段階での印象だが、自分にとって新鮮だったのは管理すべき対象として「時間」ではなく「エネルギー」に焦点を当てている点だ。いろんな場面でつい作業を先送りしがちな自分としては、もっとうまくタイム・マネージメントをしなければ、と独り言のようにぶつぶつ唱える事も多いのだが、そうではなく自身のエネルギーを管理しろ、と説いている点にはっとさせられた。

著者達が提唱する “full engagement” つまり「完全集中」状態の人は、朝起きると仕事を始めるのが楽しみでたまらず、晩に帰宅する時も同じように喜びを感じ、仕事とプライベートの間の境界を明確に設定する事ができる、とのことだ。その境地に到達するには、体力、感情、思考、価値観の四つの要素からエネルギーを引き出す必要があり、エネルギーを引き出した後は断続的に充電の為の時間を取らねばならない、と著者達は説く。また、エネルギーの容量を増大させるには、通常の肉体トレーニングと同様に、自分の能力の限界以上の負荷をかけねばならず、より高いパフォーマンスを発揮できるようになるには、エネルギーを増幅させるようなルーティーンを習慣化させる必要がある、とのことだ。[3]

そこで鍵となるのが、行動と回復を交互に行う事。90分間から120分間、継続して知的作業や運動を行うと、身体は休憩と回復を欲求するようになるので、そのタイミングで回復のためのルーティーンを組み込むのが有効なのだそうだ。共著者のレーヤーが世界的に活躍しているテニス選手を観察したところ、もっとも強い選手達とその他の選手の分け目は、プレイが中断している隙間時間の間に回復を図るためのルーティーンを確立できているか否か、という点にある事に気づいたという。[4]

休憩なしに長時間にわたり行動を継続すると集中力は低下し、健康にも悪影響がでやすい、というのは分かりやすいが、逆に休みすぎたり、身体や頭への負荷が不足したりすると成長や充実感が得にくくなる。そのため、自分にとって適切な負荷や対処可能な脅威のレベルを見極めて、適度な挑戦に取り組む事が成長の為には重要になる。能力を向上させるには自分の限界以上の行動に取り組みつつ、定期的に休憩を取り回復を図る事が大切、とのことだ。[5]

本書の第一部ではこの後、体力、感情、思考、価値観の詳細と強化方法について説明している。第二部では自分にとって大切な価値観を明確にし、それと整合的な生活を送る事の重要性や、現状どこまで価値観に忠実に行動できているかの確認方法について述べていいる。締め括りとして、「完全集中」状態を目指し習慣や行動の改善に取り組んだ人の体験と挙げた成果についての記述がある。

 一度最後まで読んでみて、本書の中で紹介されているトレーニングや回復のためのルーティーン作りを試し、自分の生活の中に少しずつ取り入れていきたいと思う。


[1] 経歴の出典は本人のウェブサイト。https://www.jim-loehr.com/

[2] 出典は本書に記載されている経歴情報および、The Energy Projectのウェブサイトに記載されている経歴情報。https://theenergyproject.com/our-team-2/tony-schwartz/ なお、シュワーツはその後、雑誌The New Yorker の2016年7月18日付の記事の中で、このトランプの自伝に共著者として関わったことについて後悔の念を表明している。“Donald Trump’s Ghostwriter Tells All,” By Jane Mayer, The New Yorker, July 18, 206, Accessed on Sept. 4, 2024. https://www.newyorker.com/magazine/2016/07/25/donald-trumps-ghostwriter-tells-all

[3] 本書、9~14ページ。

[4] 本書、32ページ。

[5] 本書44~46ページ。

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