【書評】The Man Who Broke Capitalism: How Jack Welch Gutted the Heartland and Crushed the Soul of Corporate America—and How to Undo His Legacy, By David Gelles, Simon & Schuster, New York, 2022, 264 pages.

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 今年、日経平均株価がバブル期につけた最高値を34年ぶりに更新し注目を集めたが、企業にとって、株価が上がる事はそんなに大切なのだろうか?企業の株価が額面を割れて急落し、経営不安が高まるのはマズいという事は納得が行く。株価は将来の業績への期待を織り込んで上昇する為、一種のスコアカードとして機能している側面に着目すると、高いに越したことはない、とは思う。株価が高い方が、株式市場を通じた資金調達がしやすくなることも理解できる。それでも株価の上昇は、そんなに大事なのだろうかと、つい、思ってしまう。いかに投資家に好感してもらい、株価上昇につなげていくかという点に近年、力点が置かれすぎているのではないだろうか。

 日本では会社は誰のものか、といった議論が昔からあり、そのようなテーマの本も多い。欧米に比べ、組織や集団を重視する日本社会では、会社はそこで働く全社員のもの、という発想が根付きやすかったのかもしれないし、米国でも、オリバー・ストーンの1980年代の映画「ウォール街」に見られるように、投資家の影響力が強まることの負の側面を批判的に捉える動きもあった。しかしその後、投資信託の広がり等を通じ、個人や機関投資家による株式投資のすそ野が米国で広がるにつれ、投資家にとっての利益が企業にとっての正義、企業はあくまで株主への利益還元を何も増して目指すべし、という価値観が国際的に共有され、日本でも定着してきたように見受けられる。

 そのような、株価至上主義とでもいうべき経営理念を体現し、1980年代以降、米国そして世界中に広めた人間こそが、本書『資本主義を壊した男』の主人公、ジャック・ウェルチである、と本書の著者デイビッド・ゲレスは指摘する。ウェルチは1981年から2001年まで20年に渡り、発明家トーマス・エジソンが創業した米国の巨大企業、ゼネラル・エレクトリック(GE)の会長兼社長を務め、その間、本書によるとGEの企業価値は140億ドルから6000億ドルに拡大し、GEは世界で最も価値のある会社となった。

 本書は、1970年代以降の経済思想および日米貿易摩擦等アメリカ経済を取り巻く環境の変遷を概観しながら、ウェルチ流の経営手法が米国の企業経営に与えた影響について詳述していて、過去50年ほどの米国経済の潮流を掴むためにはうってつけの内容となっている。また、ウェルチ流経営手法が米国で広まるにつれて起きた現象、たとえば製造業の雇用が減りサービス業の雇用に取って代わられるようになった事等、が米国の有権者の怒りを買い、2016年の大統領選挙におけるドナルド・トランプの勝利へとつながったと分析している。[1]

 ウェルチが株主への利益還元を実現するために用いた主な「武器」は、リストラ、企業買収、そして事業の金融化であった。企業が果たすべき唯一の社会的責任は利益拡大の追求だと説く、1970年代に経済学者ミルトン・フリードマンによって提唱された理念を体現した、先駆者的存在がウェルチであり、彼がGEの会長兼社長に就任した1981年を境目に米国経済は大きく変容した、と著者は指摘する。

 ウェルチが表舞台に登場する直前に、米国国内の製造業雇用者数は二千万人の大台近くまで増加したが、その数は近年、1980年当時の半数程度にまで減少したという。その一方で、本書によると、1980年当時、米国における企業買収等の取引金額は数百億ドル程度であったが、ウェルチが第一線を退く頃には1兆ドルを超えるまでに拡大した、とのことだ。また、従来の米国企業は利益の多くを従業員に還元するか投資に回していたが、ウェルチが台頭してからは、投資家や経営陣に還元される金額が大きく増加した。本書によると、米国企業が自社株の買戻しや投資家への配当金の支払に当てた金額は1980年当時、500億ドルに届かなかったのに対し、本書によると2000年頃にはその金額は3500億ドルに到達した。

 一方で、経営者の鑑と崇められたウェルチの手法が残した負の遺産も多かった、とニューヨーク・タイムズ紙の記者である著者は主張する。著書はビジネス関連の取材を幅広く手掛けた経験を持ち、その後、気候関連ニュースの取材を担当している[2]

 著者は具体例を挙げながら、利益拡大のためコスト削減に奔走したウェルチの姿を描き出している。社長に就任してから2年ほどで従業員の9パーセントにあたる35,000人をリストラし、一時期は毎週のように米国内のGEの工場が閉鎖されていたという。リストラに加え、アウトソーシングや、労働コストが安い国への工場の海外移転を通じ、人件費の削減に取り組んだ。また、世界大恐慌後の1933年に米国では禁止された自社株買いが1982年に解禁されると、本書によると、ウェルチは当時としては過去最大規模の100億ドルの自社株買いを発表し、自社株の上昇を企図した。さらに、事業規模拡大のスピードを上げるため、企業買収を積極的に行い、1985年には民間放送局のNBCを保有していた電気機器メーカーRCAを63億ドルで買収するなどした。それに加え、金融事業を行うGEキャピタルの事業拡大に取り組んだ。ただ、その金融事業への傾注は後に裏目に出て、2008年のリーマンショックの際にはGEキャピタルは、米国の大手金融機関と同様に、短期の資金繰りのための公的支援を仰ぎ、米連邦預金保険公社(FDIC)から最大で1309億ドルの政府保証を供与される事となった。[3]

 このような禍根も残したウェルチの経営手法は、彼の下で学んだ部下たちがGEから他社に転職する中で、米国の様々な企業の間へと広まっていったという。なお、GEは2023年にGE HealthCare を分社化、さらに2024年の4月にはGE  VernovaとGE  Aerospaceに分かれ、現在は独立した三社に分かれている。[4]

 著者は、ウェルチが広めた経営手法を見直し、従業員への利益の分配や人材育成に注力し、より長期的な視点で経営を行うべきではないかと問題提起していて、米国企業の間でもそのような経営判断を行うケースが出てきている、と述べている。

 2025年に発足する第二次トランプ政権の経済政策は、米国企業がさらにウェルチ流経営手法を推し進めるきっかけとなるのか、それともそこからの揺り戻しへとつながるのだろうか。今後の展開が注目される。


[1] 本書、197ページ。2022年に出版された本のため、今月の大統領選挙でトランプが再選された事については触れられていない。

[2] 2024年11月現在。デジタル版ニューヨーク・タイムズの本人のプロフィールによると、気候問題を担当する前は8年間、企業トップ、メディア、ウォール街等を取材する、企業・ビジネス担当の記者だった、とのこと。

[3] “F.D.I.C. to Back $139 Billion in GE Capital Debt,” DealBook, New York Times, Nov. 12, 2008, retrieved on Nov. 24, 2024, and “Temporary Liquidity Guarantee Program – Archive,” Federal Deposit Insurance Corporation, Reports & Data, Issuer Reported Debt Details.

[4] GEの近年の変遷についてはGE.comのウェブサイトの情報を参照した。 https://www.ge.com/history-ge

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