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【書店巡り】丸善 京都本店 【書評】The Caves of Steel, Isaac Asimov, Bantam, New York, 1991 (Originally published in 1954 by Doubleday), 270 pages.『鋼鉄都市』アイザック・アシモフ、バンタム、1991年(初版はダブルデイ、1954年)、270ページ。

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 先日、十一月の上旬に、京都四条河原町の近くにある丸善の京都本店を久しぶりに訪ねてみた。

 中学、高校の頃、洋書を買いに、二か月か三か月に一回は友人達と一緒に訪れて、SF小説やスパイ小説、軍事スリラー等を買い漁っていたのを思い出す。

 学校の図書館でアイザック・アジモフ[1]の「鋼鉄都市」を発見してから、その続編のThe Naked SunやRobots of DawnそしてThe End of Eternity, The Gods Themselves等アジモフの他の長編小説[2]を読むようになってハマり、アジモフは最も好きな作家の一人となった。

 その後、友人にフランク・ハーバートの「砂の惑星」を紹介されて、その世界観と描写、用語、表現のあまりの格好良さ[3]に衝撃を受け、”The White Plague” にも手を出したが、当時からホラー系が苦手な自分には刺激が強すぎて途中で断念した。

 SF小説以外では、『ジェイソン・ボーン』シリーズの原作者であるロバート・ラドラム[4]の作品も好んで読んだ。The Parsifal Mosaic, The Aquitane Progression, The Bourne Supremacy, The Icarus Agenda, 等をむさぼり読み、トム・クランシーのThe Hunt for Red Octoberは、京都の丸善で買って読んだように記憶している。

 このように、色々思い出と思い入れのある京都の丸善だが、なんと、2005年には一度閉店し、その後2015年にリニュアルオープン[5]したらしい。まるで新宿の紀伊国屋洋書専門店を彷彿とさせる展開だが、ちゃんと同じ場所[6]に復活してくれたのは嬉しいし、ありがたい。

雰囲気はだいぶ変わっていた。以前は丸善だけの店舗で、洋書売り場は二階か三階だったと思うが、生まれ変わった丸善の洋書売り場はシンガポールばりの、高級感漂う店舗が並ぶ、小型ショッピングモール風なビルの地下に移っていた。

 嬉しい事に、昔と変わらない点は、洋書売り場の広大さ。東京の丸善や紀伊國屋を最近見た後だったので、今回京都の丸善に行ってもあまり感動はないかな、と半ばあきらめムードで足を運んだのだが、ちゃんと京都本店っぽい雰囲気と本のセレクションがなされていて、思わず唸らされた[7]

 しかも、ちゃんと『アイザック・アジモフ』専用売り場も準備されているではないか!見つけたときは思わずジーンときた。アジモフ氏は、二十世紀アメリカSF界の三大巨匠[8]の一人で、人類の集団心理と行動を分析し、それをもとに人類の先行きを予測する「心理歴史学」なる学問をテーマにした『ファウンデーション』シリーズや、ロボット[9]を題材にした小説や短編などで有名[10]だ。

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『鋼鉄都市』の続編にあたる、『はだかの太陽』と『夜明けのロボット』。1980年代半ばに京都丸善か大阪の洋書店で買った記憶がある。

 自分が初めてアジモフ氏の作品に出会ったのは1980年代後半で中学生の頃。学校の図書館で『鋼鉄都市』(原題:Caves of Steel)を借りて読んだ。人間の刑事が人間型ロボットのパートナーと組んで殺人事件の解決に挑む、というSFとミステリー小説を融合した作品で、出版されたのは1954年で、舞台は遠い未来のニューヨーク。

 人類は、過去に宇宙に移住した人間の子孫である「スペーサー」(spacer)と地球に住み続けている「地球人」に分かれており、地球上では、これまで農場や鉱山で主に駆り出されていた「陽電子頭脳」(positronic brain)と呼ばれる人工知能を搭載したロボットが、ちょうど都市圏でも幅広く労働力として活用され始めた転換期の話だ。

 都市圏ではロボットに仕事を奪われた人や奪われるのではないかという不安を持つ人々が増え、ロボット反対デモが頻発する。また、地球人と、進んだ科学技術を持ち、軍事的にも優位に立つスペーサーとの間で、感情的な対立[11]も厳然と存在する。

 地球の人類は核兵器の脅威から逃れるために、フォースフィールドが張られた巨大都市の中で主に生活している。そのような巨大都市は地球上に八百か所存在し、一都市当たりの平均人口は一千万人で、地球の全人口は約八十億[12]。この未来世界でのニューヨーク市は総面積二千平方マイル、人口は二千万人以上[13]。市内にはスペーサーが居住する「スペースタウン」も存在する。

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『永遠の終り』と『神々自身』。1985年か1986年ぐらいに京都丸善で購入したように記憶している。『神々自身』は11月に訪れた際にも書架に陳列されていた。

 巨大な都市圏の外には農場や鉱山はあるものの、そういった場所の管理は少数の人間が遠隔から行い、現場での労働はロボットが担っている。人類は巨大都市空間の中で生活することに慣れきってしまい、自然の中に出る事はおろか、窓から外の景色を眺める機会すら少なくなったため、全体的に皆、広場恐怖症気味。巨大都市の中やその周辺地域への移動には、エスカレーター式歩道を超高速化したような[14]交通網が張り巡らされていて、それを使って人々は場所から場所へ移動する。

 このように、想像が膨らむ背景設定[15]となっている。『鋼鉄都市』という題名が示唆するように、工業化された環境で、『ブレードランナー』のようなディストピアンな世界、とまではいかないのかも知れないが、ちょっと暗い世の中である。

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左側、銃を持っているのがイライジャ、右に立っているのがダニールっぽい。

 その時代にスペーサーが新たに開発したのが、一見すると人間と見分けがつかないほどに精巧な外見を持つ新型の人型ロボット。『鋼鉄都市』の主人公、イライジャ・ベイリ刑事は上司に命じられ、スペーサー側から提供された新型のヒューマノイド・ロボット、R・ダニール・オリヴォー[16]とコンビを組み、スペーサーが被害者となった殺人事件を捜査する事を強いられる。

 丸善京都店の紹介からかなり脱線してしまったが、自分にとって丸善はアジモフのSF小説や、ロバート・ラドラムの諜報小説、トム・クランシーの軍事スリラー等の思い出と切り離せない。そのような本が今も京都丸善の書架に並んでいて懐かしかったし、ほっとした。


[1] 一般的な表記方法は「アイザック・アシモフ」だが、自分には耳慣れないので、本文中ではあえて「アイザック・アジモフ」で通したい。まあ、どっちもどっちかもしれないけど。

参考映像:“Isaac Asimov’s Vision of the Future / Letterman,” the Letterman YouTube Channel, Viewed on Dec. 29, 2024.

“Interview with Isaac Asimov,” Public.Resource.Org., Viewed on Dec. 29, 2024.

[2] アメリカでの出版年順に、The End of Eternity『永遠の終り』1955, The Naked Sun 『はだかの太陽』1957, The Gods Themselves, 『神々自身』1972, The Robots of Dawn 『夜明けのロボット』1983.

『神々自身』は1972年のネビュラ賞(Science Fiction and Fantasy Writers Association主催)と1973年のヒューゴー賞 (World Science Fiction Convention)をダブル受賞した作品。ネビュラ賞とヒューゴー賞は、英文SF小説を対象とした、少なくともアメリカでは最も有名で歴史のある二つの賞だと思う。

『永遠の終り』はアジモフ氏のSF小説のうち、一番好きな作品。シリーズとして一番面白かったのは『鋼鉄都市』をはじめとしたR・ダニール・オリヴォーが活躍するロボット小説シリーズで、『はだかの太陽』と『夜明けのロボット』はその続編。そして、1985年に出版されたRobots and Empire 『ロボットと帝国』へと続く。その後、別の作品で、ダニールはさらに出世を遂げる。

[3] 皇帝の精鋭部隊のsardaukarの語感や、guild navigatorの描写等が特に印象に残っている。2021年に『DUNE/デューン 砂の惑星』としてデュニ・ヴィルヌーヴ監督のもと再映画化されたものが絶賛されたが、自分はこの映画を観てむしろ1984年に出たデイヴィッド・リンチ監督の同名映画を再評価した。再映画化されたもので映像化されたシーンはほとんどリンチ監督作品で映像化されていたのと同じシーンが選ばれていたようで、そんなに新しい解釈とは感じられなかったし、何よりguild navigatorを映像化せず出し惜しみしていたのが不思議で不満だった。リンチ監督作品でguild navigatorがあまりにも見事に、印象的に表現されていたので、あえてリメイクしようとしなかったのだろうか。それとも物語展開のテンポを考えての判断だったのだろうか。謎だ。

[5] https://honto.jp/store/news/detail_041000007625.html

[6] 四条河原町の近くで、少なくとも自分の記憶とほぼ一致する場所にあった。https://honto.jp/store/detail.html?shcd=70144&shgcd=HB310&extSiteId=maruzen

[7] 歴史や社会科学系の本で、東京の書店ではみかけない洋書も置いてあって、流石だった。

[8] Isaac Asimov, Arthur C. Clarke, Robert A. Heinlein / アジモフ、アーサー・C・クラーク、ロバート・A・ハインライン

[9] 彼の小説に登場するロボットはすべて「ロボット工学三原則」(The Three Laws of Robotics)に従うようプログラミングされているという設定になっていて、その「三原則」が事件を解決するためのカギを握っていたりする。

[10] SF小説に限らず、ノンフィクションや純粋なミステリー作品もあり、著作数は膨大。

[11] スペーサーは、地球に住む人間から感染症をうつされるの事を極度に恐れ、地球人と直接会う事をなるべく回避しようとする等、両者の間には距離がある。ニューヨーク市内に「スペースタウン」と呼ばれるスペーサー専用の居住地域が存在する設定となっている。The Caves of Steel, Isaac Asimov, Bantam Books, New York, 1991 (Originally published by Doubleday in 1954), p. 7.

[12] なお、2024年7月に公表された国連の推計によると2024年現在の世界の人口は82億で、2080年代半ばに103億人でピークアウトする見込み。

小説の世界における地球の人口:Caves of Steel, p. 20-21.

国連による地球の人口推計と予測:“UN projects world population to peak within this century,” United Nations Department of Economic and Social Affairs, July 11, 2024, retrieved on Dec. 29, 2024. https://www.un.org/en/UN-projects-world-population-to-peak-within-this-century

[13] ニューヨーク市によると、2020年4月現在のニューヨーク市の人口は880万人。City of New York, Department of City Planning, “Planning-Population-NYC Population-DCP,” Retrieved on Dec. 29, 2024. https://www.nyc.gov/site/planning/planning-level/nyc-population/nyc-population.page

一方、ニュージャージ―州とコネチカット州にもまたがる、周辺地域を含めた「ニューヨーク都市圏」(New York City metropolitan region)の総人口は2320万人。(2020年と2021年のデータを基にした数字。)現在の世界人口とニューヨーク都市圏の人口は、1954年時点のアジモフ氏の、未来世界のイメージと合致している?

City of New York, Department of City Planning, “Metro Region Explorer,” Retrieved on Dec. 29, 2024. https://metroexplorer.planning.nyc.gov/people/total-population

[14] 『鋼鉄都市』の描写 を読み (Caves of Steel, “Roundtrip on an Expressway,” p. 16.)自分はこのようなイメージを抱いた。空港等にある「動く歩道」に初めて遭遇したのが大阪の梅田駅周辺で、当時友人と「アジモフ」と言い合いながらよく利用した。

[15] このような背景設定となる世界観と社会構造の構築および、それをうまく活用した物語を創り出す難しさがあるため、ミステリーを書くよりSF小説を書く方が時間を要し、大体7か月から9か月かかったそうだ。“I, Asimov: A Memoir,” Isaac Asimov, Bantam Books, Kindle edition, 2009 (originally published in 1994 by Doubleday), Kindle edition, p. 265.  

[16] 主人公はニューヨーク市警に所属する刑事、Elijah Baley。彼の相棒となる、ロボット刑事の名前はR. Daneel Olivaw.

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