
この本、“Hidden Potential” (まだ邦訳は出ていないようだが、意味としては『隠れた潜在能力』)の著者、アダム・グラントは 他に“Think Again”等の著作がある組織心理学の専門家で、アメリカのペンシルバニア大学のビジネススクール、ウォートンスクールの教授として七年連続で最高ランクに評価されるなど、飛ぶ鳥を落とす勢いの教員/研究者/作家である。YouTubeやポッドキャストでレクチャーや対談も行っていて、彼の言葉に接する機会が最近多い。
本書は、人が持つ潜在能力を引き出すにはどうすればいいのか、というテーマを三部に分けて論じている。第一部が扱うのは、潜在能力を開花させるために必要な資質をいかにして鍛えるか、というテーマ。第二部では、必要な努力を毎日継続するためのプロセスと、くじけそうになった時に、目標を見据えて努力を続けるためのサポート体制をいかにして構築すべきか、という点について詳述している。
第三部は、学校など学びの場で生徒の潜在能力をいかにして引き出すか、会社や現場等のプレッシャーがかかる場面で集団の能力や思考力を最大限引き出すために必要なリーダーシップ、そして、企業の人事採用において潜在能力の高い人間を見つけるための方法、について説明している。
個人の力とグループの思考力を最大限に解放するためのノウハウが満載で、面白く刺激的な一冊である。
本書が扱うテーマは「野心」に燃える事ではなく「願望」[1]の実現だ、と著者は説く。「野心」が目指す高みは収入を増やす事や、より高い社会的ステータスを得る事。一方で「願望」が指し示すのは自分がなりたい人間像。重視すべきは努力の量よりも成長の度合いで、より大きな成長を成し遂げるためには、そのための心の持ちようを整えるだけでは足りず、肝要なスキルの習得こそが必要、と主張する。
より大きく成長し、飛躍するために必要なスキルとして著者は次の四つを[2]挙げている。①自発性(Proactive)、②社交性(Prosocial)、③規律性(Disciplined)、④挑戦力[3](Determined)。
自発性とは、授業以外で講師に質問したり、自分で本を読んだりするなどして、自ら率先して学ぶ姿勢の事を指す。社交性は、周りの人間ととうまく共存し協力するための能力を指し、規律性は、授業にどれだけ集中できるか、といった忍耐力に近い資質の事で、挑戦力とは、難しい課題にあえて挑戦したり、与えられた課題以上の内容を自発的にこなしたり、障害を乗り越えて突き進む為の能力の事を指す[4]。
著者は、個人の特性や資質[5]は意思の強さによって決まるのではなく、スキルの一種として捉えるようになったと言う。性格はその人の傾向であり、本能のようなものであるのに対し、特性や資質は、本能ではなく価値観に沿って行動する能力[6]である、と説く。遠い目標にまで到達するには、成長を促進する為に、勇気をもってあえて居心地の悪い場所や環境に身を置くようにしつつ、正確で適切な情報を取り込み、許容可能な自らの欠点を受け入れる意志が必要[7]である、と喝破する。
大きな成長を遂げる為には、居心地の悪い場所に自分を置く事にとにかく慣れる[8]こと。そのためには、自分が長く慣れ親しんだ方法を捨てる勇気、まだ準備万端では無いと思う状態でリングに上がる勇気、他人の挑戦の回数以上に数多くの失敗を経験する勇気[9]、この三種類の勇気が必要だ、と著者は説く。
居心地の悪い場所に自分を置く事、というのは、ついつい色んな理由をつけて先送りしがちである。そのような先送りが発生するのは時間管理の問題ではなく感情管理の問題である[10]、と著者は指摘する。先送りして回避しようとしているのは努力や労力ではなく、その行動をとる事によって生じる不愉快な感情であり、[11]そのような先送りを繰り返す間に自分が向かいたい場所に向かう事も避けてしまっている、という事実にいずれ気づく事になる、と著者は警鐘を鳴らす。

準備が完全に整う前に挑戦する事は語学の習得にも役に立つそうだ。外国語の単語や言い回しをうろ覚えでいいから、ガンガン外国人相手に使っていくのがいい、という事らしい。心の準備が整うまで待つより、早め、早めに飛び込んで行って挑戦した方が、長い目で見て大きな成果を上げられる、と著者はグラフを使いながら[12]指摘する。そして、むしろ積極的に間違えた方が良い、とのことだ。新しい知識を学習する時は、テストや教室で最初に誤った回答をした方が、記憶に定着しやすい[13]らしい。
学習する時はスポンジ[14]になるのが良いそうだ。そのためには講義や講演会ではノートを取り、疑問点を洗い出し、積極的に質問せよ。そうやって鍛えられるのが「吸収能力[15]」。新しい情報を認識し、評価し、咀嚼し、活用する為の能力である。それを伸ばすのに重要なのは、自発的に新しい知識、スキル、視点を探求し、自分の成長を大切にする姿勢、との事だ。受身的に新しい知識が自分の視野に飛び込んでくるのを待つ[16]のではなく、自ら積極的に探究し、新しい知識に迫っていく。自分のエゴを満足させるためではなく、自分の成長を追い求めていく――そういったスタンスが求められるようだ。
自分のエゴではなく成長を大切にする姿勢がなぜ重要かというと、それがいわゆる「建設的批判」をいかに素直に、柔軟に受け入れられるか、という事にかかってくるから。建設的なアドバイスを咀嚼し、自分のスキルや知識向上に活かし、なおかつ自分の方から積極的にアドバイスをもらいに行く。そういう流れが必要なのだろう。少なくとも自分はそう理解した。
さて、ここで注意すべき点が一つ。すべてのアドバイスがその時の自分にとって平等な価値を持つとは限らない為、咀嚼する前にフィルターを通す必要がある、とのことだ。では、傾聴すべき意見とはどのように見分けるべきか。その判断を下す際に自問すべき点は次の三点[17]だという。
- そのアドバイスをくれた人は、自分の努力が実を結ぶことを真に望んでいる人だろうか。
- そのアドバイスをくれた人は、該当する経験を十分に積んだ人だろうか。
- そのアドバイスをくれた人は、自分の事、自分の現在の状況をよく知っている人だろうか。
著者にとって、これらの三条件を満たす人からもらえた意見こそが、真に傾聴すべき大切なアドバイス、という事のようだ。自分が上手くいことを特に望んでいない人の意見の場合、成長を促すためではなく、批判するための批判や揚げ足取りであるケースもある、という事なのだろう。自分の取り組みと合致する分野やスキルに関する経験が不足している人のアドバイスや教え方は、そもそも間違っている可能性もある。自分の現在の状況や取り組みの内容の事をよく知らない人の意見の場合、自分の個別の状況にはぴったり当てはまらない可能性が出てくる[18]。
本書の内容は盛りだくさんだが、その他に印象的だった点としては、全てにおいて完璧を追い求めすぎるな、という指摘。どこで力を抜いていいか考えろ、ということだろうか。自分の場合、ブログに記事を載せようとする時は、初稿が出来上がった後になって躊躇してしまい、寝かしたまま掲載せず数か月が過ぎたり、何度も何度も微修正を繰り返した末にやっと載せたり、といった事がままある。もっと配信スケジュールをしっかり守り、一定の間隔で記事を出していきたいものだ。完璧を追求するより、数と回数を増やす事で経験を積み、書く力を伸ばしていきたい。
あとは、グループで作業する時、普通のブレインストーミングは逆効果に終わる[19]リスクがある、という指摘。意見するための意見がいっぱい出てきたり、場の空気を気にして自由に発言しにくい人がいたり、色んな意見がいっぱいできてまとまりがなくなるリスクが出てくる、という指摘だったと思う。むしろ大切なのはグループ内の役割分担と交通整理をできる人がいる[20]事と、グループ全員がその人の采配に従う事が重要との事だ。
本書を読み終わり、自分にとって重要で特に有益なアドバイスだと感じたのは、
- 学習や成長を加速させる為に、自ら進んで居心地の悪い場所に身を置く回数を増やす事。
- 居心地の悪い場所に身を置く事の関連として、然るべき人からもらったアドバイスは大切にする事。(あまりにもハードだ、自分の考えや興味と違う、と即断するのではなく、受け入れてみて、咀嚼して、試してみる事。然るべき人からもらったアドバイスやアイディアは、しっかり記憶しておいて試してみるのが大切だと思う。)
- 学習や成長を加速させるために、自発的・能動的に質問する機会を追い求めていく事。(自分の学び方は受身的すぎるのではないか、という反省。)
- 与えられた課題以上の事に積極的に挑戦していく事。
- 壁に直面した時は乗り越える為の方法を粘り強く考え、いろんな方法を試してみて挑戦力を高めていく事。
示唆に富む内容の多い、お勧めの一冊です。
[1] 本書、7頁。
[2] 本書、9頁。
[3] 本書、9頁。“Determined”は通常は「意志の強さ」といった意味で捉える事が個人的には多いが、本書では、難しい問題や与えられた課題以上の事にどれだけ率先して取り組んだか、困難に直面した時にどうやって継続して取り組み続けられたか、といった資質の事を指す、とのことなので、「挑戦力」としてみた。
[4] 本書、9頁。
[5] 本書、11頁。 ここでは“character” を「特性や資質」と意訳した。
[6] 本書、20頁。
[7] 本書、22頁。
[8] 本書、26頁。
[9] 本書、26頁。
[10] 本書、29頁。
[11] なるほど、と思わせる指摘だ。では、そのような不愉快な感情を避けようとする衝動を乗り越える為の有効なテクニックはあるのだろうか。「慣れ親しんだ場所を出ずして成長なし。」と、マントラのように唱えるべきか。
[12] 本書、33頁。
[13]この点については、 自分の仕事でもよく経験する。意図を正確に反映した上で、明確で分かりやすく、既存の表記方法と合致したテキストを作成する際、あっさり決まったものは記憶に残りにくいが、議論を重ねた物については後でも覚えている事がある。議論の中身が複雑すぎて、どういう理屈だったっけ、と思う事も多々あるが。
[14] この話は自分の周りでも良くでる。学ぶ事に貪欲で知識の吸収と記憶への定着度合いが優れている時は「スポンジ」、なかなか新しい知識を覚えられない時は「たわし」という話がでる。
[15] 本書の原文中で使われている用語は “absorptive capacity”。
[16] 古本屋にの書架を眺めて面白そうな本が視線に飛び込んでくるのを待っているだけではダメなのか。
[17] 本書で挙げられていた内容の意訳のつもり。
[18] 昨年、オンラインの社会人用書評講座を受講した際に、自分が提出した書評に対する他の受講者のコメントを、この三条件を使ってフィルターできればよかった。ここでの問題点は条件1と3を満たす人はいない、ということ。そうなると、講座を主催する書評家の講師の意見以外はそこまで気にしない方が良いのかもしれない。少なくとも、しっかり吟味して自分が妥当だと思う意見だけを取り入れればいいだろう。今後は、自分もしっかり他人の講評をおこないギブアンドテイクをしていく事が大切な気がする。
[19] ミーティングの場でいきなり考えてアイディアを出しあうのではなく、各自いったん自分でアイディアを考えてからミーティングに持ち寄って検討する形の方がいいらしい。
[20] 昨年末、謎解きゲームに初めて挑戦した。良いグループの一員として参加し、自信もあったのだが、脱出に成功したグループには結構大差をつけられた印象だった。成功したグループはこういう交通整理がすぐれていたのだろうか。
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