【書評】The Long Game: How to be a long-term thinker in a short-term world, by Dorie Clark, Harvard Business Review Press, first ebook edition 2021, 238 pages. (Kindle edition)

 本書 “The Long Game”の著者、ドリー・クラーク氏は米国のデューク大学やコロンビア大学で企業幹部教育の授業を教える一方、グーグルや世界銀行等の顧客向けに講演をしたり、コンサルティング業務に携わったり、目が眩むような経歴の持ち主である。アメリカの大統領候補の選挙キャンペーンのスポークスパーソンを務めた経験もあるとのことで、リーダーシップをテーマにした複数の本の著者でもある。

 自分がクラーク氏の考えや著作に触れるようになったきっかけは何だったろうか。SNS上でネットワーキングの大切さなどの投稿を見かけた事が始まりだったような気がする。クラーク氏の記事には参考になる話が多いように感じられ、長期的な視点で行動して目標を達成するためのノウハウを伝授してくれそうな本書も、つい読んでみたくなった。

いざ手に取ってみると、期待した通り、勉強になる内容が多かった。もう出て数年経つ本で邦訳もされ[1]、その日本語版もベストセラーになっているようなので今更の感はあるかもしれないが、特に印象的だった内容について紹介していきたい。

 さて、長期的視野に立って物事を考えたり、計画を立てたりする事はなかなか難しい。3年先、5年先、10年先の目標を立てろ、といったアドバイスを自己啓発系の本でよく目にするが、数年先の自分のイメージなんかそう簡単に湧いてこない気がする。そこでいきなり躓いてしまう。その上、難しすぎず、なおかつ今の自分の実力より少し上の、本当にやりたい目標を設定しろ、と言われても、そんな都合のいい目標なんかないだろう、と文句の一つも言いたくなる。

 そういったハードルを乗り越えて、長い目で物事を考えて実行に移すために有効な思考プロセスを、少しでも身につけられればありがたい、そう考えながら本書を読み進めた。

 著者はいきなり、本書の序盤から「戦略的忍耐」[2]なる聞きなれない概念を持ち出し、それを発揮せよ、と主張し出す。誰も自分の事に注目してくれず、評価もしてくれない時、それでも自分のやっている事を信じて突き進める力のことを指すようである。その「戦略的忍耐」を発揮できるかどうかが、長期的な成功の成否の分かれ目だ、と著者は言う。まるで最近読んだ『青天』に出てきた「シシュフォスの石」のような話ではないか!突き詰めれば、これこそが「ロングゲーム」で成功するために必要な習性なのかもしれない。

 さて、「戦略的忍耐」を紹介した後、著者は各論に入っていく。

 まず第一部は「ホワイトスペース」。長期的な思考、目標や計画作りに挑む準備として、精神的な「余白」を確保する事が重要だ、と指摘している。ではそういった精神的な余裕を確保するためには、具体的にどうすればいいのか。まずはTo do list作りをやめてカレンダーを使え、と語るのは、週に30時間だけ働き、年に二か月休暇を取りながら自身のビジネスを経営するデイブ・クレンショー氏だ。優先度の高いものほど、早く取り組めるように予定を組み、優先度の低いものは先送りにするか、そもそもその予定自体を入れないのがベスト、と彼は言う。

 なんとなくではあるが、クレンショ―氏の言わんとする事は分かるような気がする。To do listの欠点は、つい数の勝負に走ってしまいがちな事ではないだろうか。事前にリストアップした項目に、いくつ達成済みのチェックをつけられたか。一日を振り返る時、その数しだいで悦に入ったり凹んだりという事はよく経験する。また、期日がせまっているタスクから片付けていかざるを得ないため、「リストの項目つぶしに奔走して一日中ドタバタしていた記憶があるけど、今日結局何をしたんだっけ?」となる事もままある。

 そのような、「俺の時間はどこに飛んで行ったんだ?」的な悩みを打破するために、重要なものに取り組む時間を、カレンダーの手前の方に確保しつつ、ルーティーン化して習慣化しろ、ということなのではないだろうか。

 そのような作業は時間でくぎりをつけ、必要ならまた翌日以降に取り組むようにする。そうすると、その日のTo Do Listの項目には完成済みのチェック印は入れらないかもしれないが、時間を費やすべき対象に時間を費やすことができた、という満足感と安心感が日々積みあがっていきそうな気がする。

 なんだかとても魅力的な話のように思えてくるが、効果的に運用するにはそれ相応の自律性が求められそうである。自分の価値観と照らし合わせながら、真に大切な課題を適切に取捨選択できるかどうかという点も、難しそうな課題である。

 そして第二部のテーマは「肝心な事に集中」である。そのためには、自分が興味を覚えるものを選び抜き長期的な目標を立てる。そして、せっかく息の長い「ロングゲーム」に取り組もうと思うなら、極端に思えるほどの高い目標を設定すべき、と著者は喝破する。

 著者によると、途方もなく壮大に感じられるような目標は、今そう見えるだけで、いつまでもその状態が続く訳ではない、との事である。達成には五年か十年、もしくは二十年かかるかもしれないが、どうせ時は過ぎるのである。仮に壮大すぎるように見えても、自分が実現したいと考えている、最もいいバージョンの目標を目指すべきだ、と著者は主張する。そのためには、自分にとって究極の成功とは何か、という点についてなるべく具体的なイメージを膨らませておくべし、との事である。

 本書の後半で、著者は自身が2019年に打ち立てた野心的な目標を披歴している。その概略とは、①著名なライターと共著本を執筆する。②自身が一番気に入っている映画のミュージカル版を作る。③世界的に有名なメディアで自身のコラムを開始する。④知名度の高い業界の会合で講演する。⑤世界的に最も優れた経営的思考を持つオピニオンリーダーとして認知された証となる、「Thinkers50」のリスト入りを果たす。

 さすが本書の著者だけあって、目標のスケールがでかい!

 クラーク氏にとってこれらの目標は、決して手の届かない夢物語ではなく、努力をすれば実現できそうな(しかも一年の間に!)内容に思えた、とのことである。最終的には、それら5つの目標のうち、4つは失敗に終わったものの、最後の目標は無事年末までに実現できたそうだ。

 このように、自分自身への賭けは成功ばかりではなく失敗に終わる時もあるが、それでも自分の可能性に賭けてみることが大切だ、と著者は説く。なぜなら、評価を下す側の恣意的な好み次第で、自分の作品が不採用になる可能性も出てくるからで、そのような、第三者の主観の壁を乗り越える為には、優れた内容の物をなるべく長い間、継続して作っていく必要がある、と著者は主張する。

 成功への道のりがそのようなプロセスをたどる以上、その途中では失敗や挫折を経験する事も出てくる。そのような時に、決して責任転嫁に走ってはならない。長期的な視点に立った上で、成功につながる行動を重ねていこうとすると、個人的なプライドや尊厳を犠牲にせねばならない事も出てくる、と著者は説く。恥をかき、精神的な苦痛を感じたりしてもそれに耐え抜く事ができれば、素晴らしい報酬にたどりつける可能性が出てくる、との事である。

 そして、そのような居心地の悪さに耐える事は、本書の核心を占める概念、「戦略的忍耐」を発揮する事にもつながるのではないだろうか。その「戦略的忍耐」とは、ただ焦らずに事態が好転する事を期待して待つ、といった受動的な姿勢とは一線を画す。むしろ、時間を要したり、神経をすり減らしたり、それでいてすぐに報われないような作業に、今この瞬間に、集中しながら積極的に取り組める能力の事を指している。その地道な取り組みが、いずれ、ある時点を過ぎれば、急激な右肩上がりの上昇カーブを描くような成功につながり得る、という考え方のようだ。

 さて、ここまで紹介した内容は本書のほんのさわりの部分である。これら以外にも、グーグルの20パーセントタイムの考え方に倣い、いろいろ実験的に挑戦してみる事の有用性や、ネットワークを広げていくことの重要性や、自分のロールモデル、つまり師匠のような人物を見つけ、その人がおこなってきた下積み的な取り組みにかけた時間やその内容を具体的に把握しておく事の大切さを指摘するなど、示唆に富むアイディアとアドバイスが満載の一冊である。

今回、改めて読み返してみて、朝の通勤途中に読むのに非常に適した本のように感じられた。これから読む人にとっては言うまでもなく、一度読了した人が再度読み直したとしても、噛み応えのあるスルメのような深みのある味がする読書体験ができるのではないだろうか。目先のあわただしさに注意を奪われ、長期的な目標が埋没してしまいそうな時に読めば、多少なりとも軌道修正する為のヒントが得られそうだ。 そして、いつの日か、突拍子もないほどに遠そうに見えた目標を、達成する為の突破口を開いてくれそうな、是非おすすめしたい一冊である。


[1] 邦訳版は『ロングゲーム 今、自分にとっていちばん意味のあることをするために』と題してディスカバリートゥエンティワン社から2022年に出版されている。

[2] 「strategic patience」という用語で、なんだか響きが格好いい。

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